アフリカ系以外の選手で完成されたフォワードっていない?
この質問を一番に解決するのはシェフチェンコです!
全盛期の彼を止めれる選手はいないと言っても過言ではないほど、圧倒的でした。
そこで今回は、そこまで言えるほどの実力を持つアンドリー・シェフチェンコについて解説していきます!!
シェフチェンコのプロフィール
アンドリー・シェフチェンコのプロフィールはこちら。
- 国籍:ウクライナ
- 生年月日:1976年9月29日
- 身長:183㎝
- ポジション:FW(フォワード)
1976年9月29日に旧ソビエト連邦(現在のウクライナ)で生まれた元サッカー選手です。
ポジションはフォワードで、圧倒的な決定力とスピードを武器に、ヨーロッパのトップレベルで活躍。
特にACミラン時代の活躍は伝説的で、セリエAやUEFAチャンピオンズリーグで数々のゴールを決めました。
2004年にはバロンドール(欧州年間最優秀選手賞)を受賞。
その実力が世界的に認められ、世界最高のストライカーの一人としてその名を刻んでいます!
ウクライナ代表としても活躍し、2006年のFIFAワールドカップではチームをベスト8まで導きました。
シェフチェンコのプレースタイル
シェフチェンコの個人的に思うプレースタイルはこちら。
圧倒的なスピードと決定力を兼ね備えたストライカー。
相手ディフェンスラインの裏を突く動きに優れ、ゴール前での冷静さも持ち合わせています。
そのため、さまざまな形でゴールを奪うことができ、攻撃のバリエーションが豊富でした。
圧倒的な決定力
シェフチェンコの最大の武器は、どんな状況でもゴールを決める決定力の高さ。
ペナルティエリア内では冷静に相手GKとの駆け引きを制し、ワンタッチでのシュートや強烈なミドルシュートを決めることができました。
また、左右両足ともに精度の高いシュートを打てるため、どの位置からでもゴールを狙うことが可能でした。
スピードと裏抜けの巧みさ
シェフチェンコは、相手ディフェンダーの裏へ抜け出す動きに長けていました。
スピードを活かしてディフェンスラインを突破し、GKと1対1の状況を作るのが得意。
また、オフ・ザ・ボールの動きが優れており、味方のパスを引き出す能力も抜群です!
相手DFが気を抜いた瞬間に抜け出し、確実に得点に結びつけるプレーが印象的でした。
精度の高いシュート
シェフチェンコは、遠距離からでもゴールを狙えるシュート技術を持っています。
ペナルティエリア外から放つミドルシュートは強烈で、GKが反応できないほどのスピードとコースを持っていました。
また、冷静なフィニッシュワークも得意で、ゴール前ではループシュートやチップキックを使い分け、状況に応じた多彩なフィニッシュが可能です。
空中戦の強さ
身長183cmのシェフチェンコは、空中戦でも強さを発揮しました。
ヘディングシュートの精度が高く、コーナーキックやクロスからの得点も多く記録しました。
ジャンプ力とポジショニングの良さが相まって、競り合いに強く、セットプレーの際には大きな脅威となっていたと感じます。
戦術理解度の高さ
シェフチェンコは単なるゴールゲッターではなく、戦術理解度の高い選手でもあります。
チームの戦術に適応し、ポジショニングやパスワークにも優れていました。
特にACミラン時代には、味方の選手と連携しながらスペースを作る動きを意識し、周囲を生かすプレーも見せていました。
シェフチェンコの経歴
最後にシェフチェンコの経歴について触れていきたいと思います!
- 1994年ディナモ・キエフ
- 1999年ACミラン
- 2006年チェルシー
- 2008年ACミラン
- 2009年ディナモ・キエフ
- 2012年引退
ディナモ・キエフ時代
シェフチェンコは、ウクライナの名門ディナモ・キエフでプロキャリアをスタートしました。
1994年にトップチームに昇格し、当時の監督ヴァレリー・ロバノフスキーの指導のもと、若くして才能を開花。
1997-98シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグで活躍し、バルセロナ戦でハットトリックを達成するなど、世界の舞台でも注目される存在となりました。
ACミラン時代
キエフ時代の活躍が目に留まり、1999年、シェフチェンコはイタリアの名門ACミランへ移籍します。
セリエAのデビューシーズンでいきなり得点王に輝き、ヨーロッパ屈指のストライカーとしての地位を確立しました。
2002-03シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ優勝に貢献し、決勝のユベントス戦ではPK戦で決勝ゴールを決める活躍を魅せます。
2003-04シーズンには再びセリエAで得点王に輝き、同年にはバロンドールを受賞します。
これは、ウクライナ人選手として史上初の快挙でした。
ミランでは合計7シーズンを過ごし、公式戦で175ゴールを記録するなど、クラブの歴史に名を刻みました。
チェルシー時代
2006年、シェフチェンコは当時のイングランド・プレミアリーグ王者チェルシーへ移籍しました。
しかし、負傷やプレースタイルの違いに苦しみ、ミラン時代ほどの活躍はできませんでした。
チェルシーでは2シーズンを過ごした後、ミランへレンタル移籍しましたが、全盛期のパフォーマンスには戻れませんでした。
キャリア終盤と引退
2009年、シェフチェンコは古巣ディナモ・キエフへ復帰し、ウクライナリーグでプレーを続けました
2012年に現役を引退し、その後はウクライナ代表の監督として指導者の道を歩み始めました。
まとめ
アンドリー・シェフチェンコは、圧倒的な決定力とスピードを兼ね備えたストライカーでした。
裏への抜け出しや冷静なフィニッシュ、強烈なミドルシュートなど、多彩な得点パターンを持ち、ヨーロッパの舞台で数々のゴールを決めてきました。
ACミラン時代にはセリエA得点王やチャンピオンズリーグ優勝を経験し、2004年にはバロンドールを受賞するなど、世界最高のフォワードとしてその名を轟かせました。
チェルシー移籍後は苦戦しましたが、ディナモ・キエフへの復帰を経て、ウクライナ代表の英雄としてキャリアを締めくくりました。
シェフチェンコのプレースタイルは、現在でも多くのストライカーに影響を与えています。
そのスピードと決定力は、歴代のサッカー選手の中でもトップクラスであり、彼のプレーは今なおサッカーファンの記憶に残り続けています。
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